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広島地方裁判所 平成4年(行ウ)8号 判決 1996年12月11日

広島市安芸区矢野西七丁目一-一四-六

原告

野口和彦

右訴訟代理人弁護士

坂本宏一

右同

阿左美信義

右同

佐々木猛也

右同

池上忍

右同

山口格之

右同

津村健太郎

広島県安芸郡海田町大正町一-一三

被告

海田税務署長 平田靖彦

右指定代理人

榎戸道也

右同

徳岡徹弥

右同

金森武彦

右同

石黒秀寿

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告海田税務署長が原告に対して平成元年一〇月二七日でなした次の各処分をいずれも取り消す。

(一) 原告の昭和六一年度分の所得税の事業所得金額を七七三万七一一七円と更正した処分のうち二七四万二〇〇〇円を超える部分

(二) 原告の昭和六二年度分の所得税の事業所得金額を七六八万〇四二六円と更正した処分のうち一二八万三四〇八円を超える部分

(三) 原告の昭和六三年度分の所得税の事業所得金額を七一五万二七七五円と更正した処分のうち二〇七万三七六六円を超える部分

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六一年ないし昭和六三年当時、屋根工事、左官工事、塗装工事その他の建築工事を営んでいた。

2  原告は、昭和六一年分から昭和六三年分までの所得税につき確定申告をしたが、被告は、これに対して本税の更正処分(以下、「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定を行った。右確定申告、更正及びその後の異議申立、審査請求の経緯は別表一の1ないし3のとおりである。

3  しかし、原告の右各年(以下、「本件各係争年」という。)の事業所得金額は、すべて各申告書記載のとおりであり、被告がした本件各更正処分は、原告の本件各係争年分の事業所得の金額を過大に認定した違法がある。

4  よって、原告は、本件更正処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  同3、4は争う。

三  被告の主張

1  推計課税の必要性について

(一) 更正処分等にかかる経緯について

(1) 原告は、肩書住所において屋根工事を中心とする建築工事業を営む者で、被告に対し、総所得金額を別表一の1ないし3の各「確定申告」欄記載の金額とする各確定申告書を提出した。

(2) 被告は、申告された事業所得の金額が正しいかどうかを確認するため、被告所部係官の深瀬浩之(以下、「深瀬係官」という。)をして原告の所得税調査をさせることとした。

(3) 深瀬係官は、平成元年七月二五日午前一一時三〇分頃、新谷係官とともに、原告の事務所(広島市安芸区矢野町東五丁目七番五号)に赴いたが、原告が不在であったため、応対に出た事務員に対して、本件係争年分の所得税の調査を実施するので帳簿書類を見せてもらえる都合のよい日をその週中に連絡してほしい旨記載した連絡票を交付し、原告からの連絡方を依頼して原告の事務所を辞去した。

(4) その後、原告から連絡がなかったため、深瀬係官は、同月三一日午前一〇時四〇分頃、再び原告の事務所に赴いたが、事務所は施錠され、誰もいない様子であったので、事務所の郵便受けに、明後日午後五時までに連絡をして欲しい旨を記載した連絡票を投函して右事務所を辞去した。

同日午前一一時頃、事務員と称する女性から深瀬係官に電話があり、同年八月八日午後二時頃に原告の事務所に来るよう右事務員から申出があったため、深瀬係官は、この申出を了承した。

(5) 深瀬係官は、同年八月八日午後二時頃、新谷係官とともに、原告の事務所へ臨場したところ、同所には、原告のほか広島安芸民主商工会(以下、「民商」という。)の関係者数名がいた。

深瀬係官は、原告に対して、身分証明書を提示した後、昭和六一年分から昭和六三年分の所得税の調査のため、申告した所得金額が正しいかどうかの確認をしたいので、申告のもとになった帳簿書類を見せて欲しい旨を告げたところ、民商の出野上事務局員(以下、「出野上」という。)は、原告がした申告が確定していないのか、申告後調査に来るのは特別な場合だけだから原告を調査する必要性があるならその理由を教えてくれ等の発言をし、さらに、原告を調査する理由を開示しなければ調査に協力できない旨申し立て、原告も、申告内容のどこがおかしいのか等申し立てた。

このため、深瀬係官は、原告に対して、調査理由は申告された所得金額が正しいかどうかの確認である旨説明し、調査に協力して帳簿を提示して欲しい旨要請したが、原告は、調査理由の開示を要求して調査に応じようとしなかった。

また、深瀬係官は、第三者である民商関係者が立ち会う状況では調査ができないので、原告に対して、第三者の退席を求めたが、原告は、全く応じようとせず、調査理由の開示の請求に終始した。

そこで、深瀬係官は、この日の調査を断念し、原告に対し、後日連絡する旨を告げ、午後三時前に原告の事務所を辞去した。

(6) 深瀬係官は、調査の日程を調整するため、同年八月一〇日、原告の事務所へ電話をしたところ、原告が不在であったため、応対した女性事務員に対して、一一日の午前中に連絡してもらいたい旨の伝言を依頼した。

(7) 同月一一日、原告から深瀬係官に対して電話があり、深瀬係官は、原告に対して、立会いのない状態で帳簿書類を見せてもらいたい旨要請したところ、再び、原告から、調査理由の具体的な内容の開示を求められたため、調査理由は所得金額の確認である旨を再度説明するとともに、第三者の立会いのない状態での帳簿書類の調査に応じるかどうかを同月二一日までに連絡してもらいたい旨及び連絡がない場合には調査に協力できないものと判断して税務署の方針で調査を進めることになる旨を伝えた。

(8) 深瀬係官は、その後、原告からは何の連絡もなかったため、原告の取引先等に対する調査を実施することとした。ところが、原告が取引先に対して税務署に協力しないよう申し入れたため、調査に対する回答のない取引先があった。そこで、深瀬係官は、同年一〇月六日、回答のなかった取引先である有限会社水沼建設に臨場したところ、原告の妻である野口千江美(以下、「千江美」という。)や出野上がすでに同所に来ており、同人らから「納税者を無視して反面調査をするな。」と抗議を受けるなど、調査に対する妨害を受けた。

(9) 同年一〇月九日、金行生二税理士(以下、「金行税理士」という。)から、泉原統括官(深瀬係官の上司)に対して、原告から本件に関する依頼を受けた旨の電話があった。

(10) 同年一〇月一一日、金行税理士が来署し、同人から、同月一七日までに原告の帳簿書類を提示するという申出がなされた。

(11) 同年一〇月一七日、金行税理士から泉原統括官に対して、原告は民商の役員をしており、民商を脱会できず、本件への依頼を断ってきたので、帳簿書類の提示はできなくなった旨の電話があった。

(12) このため、深瀬係官は、推計の方針による原告の所得金額を計算することとし、同月二一日、原告の事務所を訪問したが、原告が不在であったため、連絡をするよう記載した連絡票を置いておいた。

同年一〇月二三日、原告から電話があり、応対した泉原統括官が、本件各係争年分の調査所得金額及び追加で納付する税額を原告に伝えた上で、修正申告をするのであれば、同月二七日までに来署する旨及び不明な点があればそのとき説明する旨伝えた。

(13) 原告は、当日来署せず、何ら連絡もなかったので、被告は、本件各係争年に関する事業所得につき更正処分を行った。

(二) 本件更正処分の必要性

所得税法一五六条により認められている推計課税は、納税者が税務調査に対して資料の提示を拒むなど非協力的なため適正な調査をなしえない場合には、権限のある税務職員の合理的判断によって行うことができる。

本件においては、前述(一)(1)ないし(13)のとおり、担当係官が、原告の所得金額を実額計算によって把握しようと、臨場及び電話により、再三帳簿書類を提示して調査へ協力するよう要請し、原告の調査理由の開示の要求に対しても、所得金額が正しいかどうかの確認のためである旨返答したにもかかわらず、調査理由の開示に固執して、帳簿書類等の提出を拒むという非協力的な態度であったため、実額による原告の所得金額の計算ができず、やむを得ず推計の方法に及んだものである。

したがって、本件において、推計課税の必要性が存在したことは明らかである。

2  推計課税の合理性について

(一) 本件各係争年分の原告の事業所得の合計の算出方法

本件係争年度分の原告の事業所得の金額の算出方法は、別表二のとおりである。

すなわち、収入金額(同<1>欄)を基礎として、別表三の1ないし3記載の業種、業態及び事業規模が原告と類似する同業者(以下、「類似同業者」という。)の所得率(売上金額に対する算出所得金額の割合)の平均値(別表二<2>欄)を乗じて算出することとした(同<3>欄)。

(二) 被告の推計方法の合理性

被告は、前項の類似同業者の抽出基準として、広島県、山口県及び岡山県下の各税務署管内の個人及び法人のうち、原告の業種、業態に合致することを主たる内容とする次の条件のすべてに該当するすべての者または法人を類似同業者として選定した。

したがって、類似同業者の選定は機械的になされ、そこに恣意の介在する余地はなく、資料内容も正確であるから、合理性がある。

(1) 本件各係争年分を通じてスレート工事を主体とする建築工事業を営んでおり、その中途において開廃業、休業又は業態を変更していない者または法人

(2) 本件各係争年分を通じて所得税(法人の場合は法人税)の確定申告について、所得税法一四三条(法人の場合は法人税一二一条)の証人を受けて青色申告書を提出している者または法人

(3) 更正又は決定の各処分を受けた者または法人にあっては、国税通則法もしくは行政事件訴訟法の規定による不服申立て期間もしくは出訴期間が経過しているか、または、これらの訴訟が係属していない者もしくは法人

(4) 事業にかかる売上金額が、本件各係争年分において、いずれも次の範囲内である者または法人

ア 昭和六一年分 五四四五万三〇〇〇円以上

二億一七八一万四〇〇〇円以下

イ 昭和六二年分 三九二八万六〇〇〇円以上

一億五七一四万六〇〇〇円以下

ウ 昭和六三年分 四三九〇万二〇〇〇円以上

一億七五六一万〇〇〇〇円以下

(5) 本件各係争年分において、いずれも材料仕入のある者または法人

(6) 本件各係争年分において、売上金額に対する工事原価(材料費、人件費及び外注費)の割合が七五パーセント以上の者または法人

四  被告の主張に対する認否反論

1  推計課税の必要性について

(一) 本件税務調査に至る経緯についての被告の主張に対する認否は次のとおりである。

(1) 被告の主張1(一)(1)の事実は認める。

(2) 同1(一)(2)の事実は知らない。

(3) 同1(一)(3)及び(4)の事実は認める。「事務員」とは、千江美である。

(4) 同1(一)(5)の事実のうち、「後日連絡する旨を告げ」たとの事実は否認し、その余は認める。

同日、深瀬係官は、「所得の調査をするので帳簿を見せて欲しい。」と述べたので、これに対し、原告や出野上は、「正当な調査であれば協力する。しかし、どこがおかしいのか説明してもらわなければ具体的な協力方法がわからないので、調査の理由を説明してもらいたい。」と調査理由の開示を求めたが、深瀬係官は、所得申告が正しいかどうかの調査である旨述べるだけで、それ以上の説明をしなかった。

そして、原告が、民商事務員の立会いの下に調査に協力すべく帳簿書類等を準備していたにもかかわらず、深瀬係官は、「調査に協力してください。調査に協力してくれるのであれば帳簿を見せてください。帳簿を見せてくれるのであれば、第三者がいると調査ができないので、第三者を立ち退かせてください。」と立て続けに三回繰り返し、さらに、「第三者が立ち退かなければ、協力してもらえないものとして独自に調査します。」と述べて、原告らが調査をするよう求めているのを振り切って調査を打ち切った。

(5) 同1(一)(6)の事実は認める。

ただし、千江美は、深瀬係官から、本件各係争年分の所得税として昭和六一年分について七〇万円、昭和六二年分について一〇〇万円、昭和六三年分として八〇万円でどうかという提案を原告に伝言することも依頼された。

(6) 同1(一)(7)の事実は否認する。

原告は、同月一一日、深瀬係官に電話したところ、同係官は不在であり、泉原統括官が応対し、原告に対して、納付すべき本件各係争年分の税額につき、前項同様の金額を提示し、この金額を了解するよう求めた。原告は、右税額の根拠が不明で納得できない旨及び調査の理由が開示されれば調査に協力する旨述べたが、右泉原はこれを聞き入れなかったものである。

(7) 同1(一)(8)ないし(11)の事実は知らない。

原告は、同年一〇月一二日、金行税理士に相談したが、適切なアドバイスがなかったため、すぐに依頼を断った。

(8) 同1(一)(12)の事実は否認する。

原告及び原告の妻が、被告の係官から本件係争年分の税額について具体的な金額を聞いたのは、前記(6)記載の同年八月一一日のみである。

また、原告に対して、何の連絡もなく、また、一度の面談もないまま、平成元年一〇月二七日付で突然本件処分がなされた。

(9) 同1(一)(13)の事実は認める。

(二) 本件更正処分の必要性についての被告の主張(同1(二))は争う。

原告は、本件係争年分の所得を実額で明らかにするための帳簿書類を記帳保管しており、かつ、被告係官から右帳簿書類等の提示の要請があればこれを提示する用意があったのであるから、原告の協力の下に実額による各係争年分の事業所得を算出すべきであったにもかかわらず、被告の係官らは、本件の推計課税を行ったのであるから、本件推計課税は、その必要性を欠くものであり、違法である。

本件調査の際、原告は調査理由の開示及び第三者の立会いを求めたが、これらを要求することは、調査に非協力的な態度ではない。前者については、調査理由の開示を口実に帳簿書類等の提出を拒んだ訳ではなく、原告としては、特に調査対象とされた理由について納得すれば、被告の調査に的確に協力でき、原告の私生活への侵害を最小限に押さえることができるので、調査理由の開示を求めたものであって、税務調査を受ける者の当然の要求である。また、後者については、税務調査における守秘義務が納税者(被調査者)及び納税者の取引先等第三者のため認められていることからすれば、本件では、原告が第三者の立会いを望んでいること及び個々の調査内容によって適宜第三者の退席を求めれば第三者の秘密保持は可能であり、抽象的な守秘義務によって、第三者の立会いを拒むのは妥当でなく、むしろ、原告のように税務知識や法知識を十分有しないものにとっては、密室で行われる税務調査の公正を確保するために、第三者の立会いは必要である。

また、取引先調査は、客観的にみてやむを得ない場合に限って行われるものであるが、本件では、平成元年八月八日の原告の事務所における調査のみでは、納税者本人に対する調査を尽くしたとはいえないこと、本件調査を深瀬係官に指示した泉原統括官は、原告に対して、調査の具体的理由を告知していないことからしても、本件調査の必要性はなく、さらに、本件調査において、深瀬係官らは、質問検査証を提示しておらず、本件調査自体適法であるとは言い難い。

結局、本件では、納税者に対しては適法な調査がなされないまま、必要性を欠いた推計課税がなされたものである。

2  推計課税の合理性について

本件推計方法は、審判所認定金額の合計額を売上額とし、これに抽出した類似同業者の所得率(売上金額に対する所得率の割合)を乗じて算出するというものである。

右方法の合理性が認められるためには、右類似同業者の抽出にあたって、原告の業種・業態との同一性、事業所の接近性、事業規模の近似性等厳格に考慮されなければならない。

しかし、類似同業者について、選定された業者には符号が付けられ、その収入金額、工事原価、経費の合計金額しか明らかにされておらず、その業者の具体的実態が不明である(原告とは異なり、会社組織で職人を雇用してスレート工事及びその付帯工事をやっている業者ばかりであると想像される。)。

また、本件においては、原告には、特殊事情(受注した工事をすべて外注に出していたという事情及び原告は昭和六〇年に野口石綿工業の名称で開業したばかりであるため小口の仕事を低い単価で広範に受注してスレート工事に関連した種々の工事を行っていたという事情)があるが、被告の主張の抽出基準には、右特殊事情は、全く反映されていない。

したがって、本件の推計方法は合理性がない。

五  実額についての原告の主張

原告の本件係争年分の事業所得に関する収入、必要経費等は別表四のとおりであり、各事業所得金額は、事業所得の金額欄記載のとおりである。

六  実額についての被告の主張

1  実額反証における主張・立証責任について

実額反証の主張・立証責任は、納税者である原告にあり、推計課税の方法によって認定された金額が実額と異なり、推計課税が違法であるというためには、その主張する金額が真実の所得金額に合致することを合理的疑いのない程度に立証する必要があり、具体的には、総収入金額のすべてを実額で主張・立証するのみならず、原告の主張する経費が、実際に支出され、その主張する収入金額に対応するものであることをも主張・立証しなければならない。

しかし、以下のとおり、原告の主張する収入金額が、すべて取引先からのすべての取引について捕捉漏れのない総収入金額であるとの立証は尽くされておらず、また、必要経費についても、根拠のないものが含まれており、到底実額反証になり得ないことは明らかである。

2  帳簿書類等の問題点

(一) 帳簿書類について

帳簿書類が過去の営業取引の全貌を証明しているといいうるためには、すべての取引が関係書類に基づき、整理された帳簿に継続的に秩序正しく記録されていることが必要である。ところが、原告が実額反証の証拠として提出した帳簿書類及び原始記録(昭和六一年分の労務支払帳、昭和六二年分の経費帳及び労務支払帳、昭和六三年分の経費帳、経費元帳、労務支払帳及び売上帳、本件各係争年分の仕入・外注の請求書、領収書、経費に関する領収書、売り上げに関する請求書等)は、収入金額及び必要経費の額の全体を把握しうるに足りるものではなく、取引全体の記録の正確性をチェックする現金出納帳や銀行帳等は記載されていない。また、工事別の収支を明らかにする工事台帳の提出がなく、支払った外注費や仕入材料が収入を得るためのものであるか否か不明である。

したがって、原告が提出した帳簿類のみでは、それらが取引に関連して記帳されたものであるか否かを判断することはできず、帳簿として不十分なものであるから、右帳簿類のみでは、原告は、実額の立証を尽くしていない。

(二) 外注費等の支払にかかる領収書等について

納税者が領収書等の書類によって、必要経費の実額を立証する場合には、必要経費を支払ったことを立証するとともに、その必要経費と収入金額との対応関係をも明らかにして立証すべきものであるところ、その立証のために原告が提出した請求書には、金額の記載はあるものの、請求(取引)内容について不明なものが多数ある(たとえばデルタ建材工業、田坂工業、ワタナベ鋼建、山下住建、八大建材、宗原ガラス店、日光化成等)ことから、原告が主張する仕入及び外注費の多数のものについて、収入金額との対応関係が明らかにされていない。

領収書は、現金等の支出により相手方から発行されるものであり、領収書があれば、当該領収書にかかる支出がされたことは推認されるが、その支出がすべて営業上の必要経費となるものではない。すなわち、家事関連費については、支払った金額を必要経費となる部分とならない部分に区分しなければならず(所得税法四五条一項一号)、また、期末の未完成工事に係る材料費、労務費、外注費等の工事原価は、費用収益対応の原則から、工事完成時まで未完成支出金として必要経費とされないにもかかわらず、原告は、この点の立証が不十分である。

3  原告の収入実額の立証に関する問題点

(一) 収入金額にかかる書証について

総収入金額については、前述のとおり、原告が立証しなければならず、原告は、原告の収入に関するすべての書証が提出し、収入金にかかる請求書等の証拠書類等について、すべてを提出したと主張するが、被告が原告の提出した収入金にかかる書証(甲第一八一号証以下)を検討したところ、未提出のものが多数あるものと推認されたことから、右書証は、原告のすべての取引先からのすべての取引について捕捉漏れのない総収入金額を立証するものではない。

(二) 大東建設(株)(現商号大東建託株式会社、以下、「大東建託」という。)にかかる収入金について

原告は、大東建託からの受注工事に係る本件各係争年分の収入金について、昭和六一年分として五五一〇万七三三二円、昭和六二年分として二三〇一万〇五〇〇円、昭和六三年分として二一五万三九〇〇円であると主張し、その証拠として、大東建託が発行する「業務支払明細書」(甲第一九三号証の一ないし二五、甲第二三〇号証の一ないし一四及び甲第二五五号証の一、二)を」を提出している。

そして、これらの工事代金から、大東協力会及び安全協力会等の会費を差し引いた残額が、原告の預金口座に振込入金されていたことから、振込口座も二つに分けられていたと主張する。

しかし、大東建託からの収入金のうち、昭和六一年分については三六万二七六八円、昭和六二年分については二二九万六四〇〇円がそれぞれ計上漏れとなっている。

右計上漏れがある以上、原告が主張する収入金額が真実でないことは明白である。

4  原告の必要経費の立証に関する問題点

(一) 労務費について

原告が主張する外注費の中には、事実上、労務費(給料・賃金)に該当するものが含まれており、これについては、労務支払帳が証拠として提出されているが、その内容については、支払の事実が疑わしいものが含まれていることから、右労務支払帳は、書証としての信憑性がない。

すなわち、原告が支払った労務費については、労務支払帳から支払内容を経費帳(甲第一四四号証の一)に転記されていたものと考えられるが、右経費帳と労務支払帳を照合させると、昭和六二年分の労務支払帳について、労務支払帳には記載があるが、経費帳には記載のない労務費が存在する(甲第七三号証の一、甲第七五号証の一及び甲第七六号証の一)。

さらに、経費帳を整理したうえ作成し直したとされる経費元帳(甲第一四四号証の二の一七)の労務費記載のページは、前ページが破棄された形跡があることから、原告が提出した右労務支払帳は、同元帳の作成時に、併せて作成し直した疑いが強い。

したがって、原告の主張する労務費については、支払の事実が疑わしいものが含まれていることが明らかである。

(二) 外注費について

(1) 総論

原告は、取引の正確性を期するとして、取引先からの取引証明書なる書類を証拠として提出しているが、右証明書類は、証拠としての価値を何ら有しているものではない。

すなわち、右証明書類は、本件訴訟の後に作成されたものであるが、その根拠となる帳簿書類等について何らの記載もなく、しかも、被告において取引先の記帳状況等について確認したところ、帳簿類の備付の十分でない白色個人事業者も含まれていることから、原告の何らの事実も証明するものではない。

(2) 坂盛鉄工・佐々木盛義に対する外注費について

佐々木盛義(以下、「坂盛鉄工」という。)は、鉄骨工事を業とする個人業者であり、原告とは受注及び発注を相互に行っている取引先であるが、原告が坂盛鉄工に支払ったとする次の外注費にかかる請求書等は、実際の取引に即して作成されたものではないから、信憑性の全くないものである。

Ⅰ 昭和六三年一月二〇日付坂盛鉄工発行の請求書については、その様式が消費税対応となっていることから、消費税が導入された平成元年四月以降に使用されたものであり、右請求書が実際の取引に即して作成されたものでないことは明らかである。

Ⅱ 昭和六三年四月二〇日付鉄工加工代一式一〇〇万円の請求書及び右請求書に係る昭和六三年五月二五日付一〇〇万円の領収書は、いずれも消費税対応の様式であることから、少なくとも平成元年三月以前に使用されることはないものであるから、右請求書にかかる外注費一〇〇万円は、実際の取引に即したものとは考えられず、支払の事実も疑わしいものである。

(3) 波多野工務店・波多野敏廣に対する外注費について

波多野敏廣(以下、「波多野工務店」という。)は、左官工事を業とする個人事業者であり、原告から左官工事を受注している。波多野工務店が発行した請求書等にかかる外注費も、次に述べるとおり、実際の取引に即して作成されたものではないから、信憑性が疑われるものである。

Ⅰ 昭和六三年八月二〇日付西条左官工事一式一〇〇万円の請求書(甲第一一八号証の一の四)及び同年一一月二五日付布野村左官工事一式一〇二万円の請求書(同号証の一の五)については、いずれも消費税対応の様式であることから、少なくとも平成元年三月以前に使用されることはありえない。

Ⅱ また、右各請求書に基づく昭和六三年九月九日付領収書(同号証の二の六)は、使用された印鑑が「波多野」であるべきところ、「波田野」となっており、明らかに信憑性が欠けるものである。

Ⅲ 以上により、右請求書等にかかる外注費一〇〇万円及び一〇二万円については、支払の事実が疑わしい。

(4) その他の外注費について

原告が現金出納帳を付けていないため、被告において原告の提出した証拠書類及び現金関係資料等から昭和六三年分の現金出納帳を作成したところ、現金残高が赤字になるという結果が出た(乙第一四号証)。このことから、原告は、現金収入があるにもかかわらず、その記載を漏らしているか、又は、現金の支払自体が誤りであったことが裏付けられる。

また、前記(3)記載の波多野工務店にかかる外注費の決済日(領収書日付による)について、右現金出納帳で確認したところ、同日には、現金残高が赤字であり、支払不能となることから、右現金出納帳によっても、波多野工務店に対する外注費は、実際の取引に即したものではないということが裏付けられる。

さらに、同様の観点から右現金出納帳を検討した結果、深田利一に対する外注費(昭和六三年九月七日付、同年一一月二日及び同年一二月二四日付各領収書に係る外注費、甲第一一五号証の二の一ないし三)についても、その信憑性が疑わしいということができる。

(三) 原告の自宅建築資金と外注費について

原告は、平成二年一月、肩書地住所において自宅を新築しているが、原告の営業資金の一部が、右住宅の資金となっている(乙第一五号証)。

(四) 家事上の経費及び家事関連費について

原告の主張する経費科目については、その主張するすべての経費が収入金と対応するものであることの立証がなされていない。

また、飲食店に対する接待交際費、スーパーの飲食料品等の購入レジペーパー、新聞代金、NHK受信料、し尿くみ取り等の費用について家事上の経費及び間連費が含まれているものと思われるが、この点につき、原告は、何ら区分していないばかりか、福利厚生費として必要経費に計上した昭和六三年正月の社員旅行(原告夫婦及び弟夫婦の四名)名目の経費について、福利厚生費であるとする弟夫婦の費用は、原告夫婦の費用と区別されていないこと及び右旅行が原告が昭和六二年から千江美と生活を共にするようになって最初の休暇であることからすれば、原告の個人的な旅行である可能性が強い。

(五) 減価償却費について

原告は、本件各係争年分の必要経費として、減価償却費の額を、昭和六一年分については、五四万一三八六円、昭和六二年分については七二万四五九七円、昭和六三年分については八九万三七〇九円と算定している。

しかし、原告は、計算メモを提出するのみで、減価償却資産の取得に係る書証を一切提出していないため、減価償却費の計算に必要な基礎数値が明らかでなく、原告のした計算が適正なものであるかどうか不明である。

さらに、原告が昭和六二年一〇月に取得したとする乗用車は、個人用か事業用か疑問であり、仮に事業用とするのであれば、そのような取り扱いをする根拠が不明である。

よって、原告が計算した減価償却費をすべて必要経費に参入するためには、これを裏付ける客観的資料がなく、立証が不十分であるといわざるを得ない。

(六) 棚卸商品及び未完成工事支出金について

年末において未完成となっている工事に係る収入金(売上)については、その年分の収入金額に計上されず、それとともに、当該工事原価として支出された材料費、労務費、外注費等についても、その年分の必要経費とはならないものであるところ、本件においては、未完成工事支出金の計算がなされておらず、また、材料費の期末棚卸高の計算もなされていないのであるから、正確な期間損益の計算は不可能である。

七  実額についての被告の主張に対する原告の反論

1  収入金額の主張立証責任について

原告の主張する経費の実額について客観的な帳簿書類等による裏付けがあると認められるときには、被告の主張する推計が合理的なものと認められるか否かを問うまでもなく、原則として、右実額による金額をもって原告の経費の額とすべきこととなる。被告の課税処分の適否が争われている場合、収入金額と必要経費の額の双方について、基本的には課税庁たる被告側にその主張立証責任がある(東京地方裁判所平成三年一二月一九日判決・判例時報一四一三号五〇頁)。

また、被告主張の収入金額に捕捉漏れがあることを疑うに足りる理由が示されたとか、原告の経費実額の主張が、その収入金額と通常バランスを失するものであることが示されたような場合において、初めて実額主張にかかる収入金額と経費との対応関係の立証が必要とされる(東京高等裁判所平成七年七月一七日判決)。

2  原告の収入金額について

原告の主張する収入金額と被告の認定する収入金額(審判所と同一)とはほとんど近似した金額である。

被告の認定額は、原告がすべての取引先を明らかにし、すべての資料を開示して審判所が独自に認定したものであり、原告主張の金額は、原告の経理担当者である千江美がすべての資料を精査し、改めて正確性を期して集計したものである(甲第二七〇号証の一ないし甲第二七二号証の二)。両者に僅かな誤差しかないということからすれば、原告主張の収入金額は、原告の真実の収入金額であるか、少なくとも、それに近似するものであるといえる。

3  大東建託との取引にかかる収入金額について

被告が大東建託からの受注工事に係る収入金の計上漏れと指摘する金額は、計上漏れではない。すなわち、右金額は、原告の弟やいとこの野口組が大東建託から直接受けた工事代金の支払につき、原告名義の口座を使わせていたものにすぎず、原告自身の収入金ではなく、大東建託としても、右事情を分かっていたので、原告への工事代金支払明細書から除外していたものである。

4  原告の経費(労務費)について

被告は労務費の計上漏れについて指摘するが、これについては、支払を受けたものの領収書が提出されており、わざわざこのような労務費の中途の一部を、支払がないのにあったかのように操作しなけばならない必要性がなく、経費帳の記載が欠けているのは、単なる事務員の記載漏れと考えられる。

5  原告の提出した書証による立証は完全なものといえず、帳簿類は完全なものは記帳されていないため、主として領収書や請求書とともに、取引先の確認を得て、実額立証を行ったものである。

前述の被告の不合理な推計方法によって算出された金額よりも、原告の実際の営業の過程において作られた帳簿、手控え、請求書、領収書等を信用すべきである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1及び2の各事実(原告の地位及び本件各更正の経緯等)については当事者間に争いがない。

二  推計課税の必要性について

本件各更正が、推計の方法によって原告の所得金額を算出してなされたものであることは当事者間に争いがないところ、原告は、原告が調査に協力しなかったという事実はなく、推計の必要性がなかったと主張するので、この点につき判断する。

1  前記「本件課税処分等に係る経緯ついて」に記載の事実のうち、争いがない事実、証人出野上賢及び同野口千江美(後記採用しない部分を除く)、同深瀬浩之の各証言、原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く)、右深瀬の証言により真正に成立したと認められる乙第八号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  深瀬係官は、平成元年七月二五日午前一一時半頃、新谷調査官とともに、原告の事務所に赴いたが、原告が不在であったため、事務員である千江美に対し、本件係争年分の所得税の申告の基となった帳簿書類を見せて欲しいので、都合のよい日を担当者まで連絡して欲しい旨記載した連絡票を渡して、辞去した。

(二)  深瀬係官は、同月三一日午前一〇時四〇分頃にも原告の事務所に赴いたが、右事務所には誰もいなかったので、右事務所の郵便受けに、明後日の午後五時までに所得税調査のための都合のよい日にちの連絡をして欲しい旨記載した連絡票をおいて辞去した。

深瀬係官は、同日午前一一時頃、事務員と称する女性から電話を受け、同女から同年八月八日午後二時頃原告の事務所にきてもらいたい旨の申出を受けたので、これを了解した。

(三)  深瀬係官は、前項の電話で指定された八月八日午後二時前に、新谷調査官とともに原告の事務所に赴いたところ、同所には、別件の所得税調査で面識のある出野上ほか民商の関係者が数名程度いた。

出野上が、深瀬係官に対し、税務調査とは関係のない話を話しかけてきたので、これに対応した。

深瀬係官は、最初、出野上の雑談に対して返答していたが、午後二時になったので、原告に対し、身分証明書を提示した上、所得税の調査のため、所得金額が正しく計上されているかどうかを確認させてほしいので、帳簿書類を見せてもらいたい旨及び第三者は立ち退いてもらいたい旨申し述べたところ、原告及び出野上が、調査理由について具体的に特別な理由を明確にすること及び理由が分からなければ調査には協力できないとの態度に出た。これに対し、深瀬係官は、調査理由は申告された所得金額が正しいかどうかの確認である旨説明したが、原告らは納得せず、出野上が、理由が明らかにされなければ、質問に答える必要はない旨原告に助言し、原告もこれに従う等帳簿書類に提示には応じられない言動を示したので、暫時、右と同様のやりとりが繰り返しなされた。また、深瀬係官は、守秘義務があるので、第三者がいると、帳簿書類を見ることができないので、第三者がいないところで帳簿書類を確認させて欲しい旨繰り返し述べた。

深瀬係官は、原告の調査が進まなかったので、後日再度連絡する旨及び調査に協力してもらえない状況が続けば、被告の方で調査を進めることになる旨告げて、辞去した。

なお、当時、帳簿書類は、右の原告・被告双方の関係者らの視界内には用意されていなかった。

(四)  深瀬係官は、同月一〇日、原告の事務所に電話したところ、原告は不在であったため、対応した千江美に対し、第三者のいない状態で帳簿書類を見せてもらえるのであれば翌日(一一日)までに連絡して欲しい旨の伝言を依頼した。

(五)  同月一一日、原告から深瀬係官に対する電話があったので、深瀬係官は、原告に対して、帳簿書類を第三者の立会いのない状態で見せて欲しいと要請したところ、原告が、調査理由の開示を求めたため、同月八日の原告事務所方での調査の時と同様のやりとりの繰り返しをした。そこで、深瀬係官は、帳簿書類について第三者のいないところで確認させて欲しいので、同月二一日までに返事をしてほしい旨及び同日までに連絡がなければ協力してもらえないと判断して被告の方で調査する旨を伝えた。

(六)  その後、被告から深瀬係官に対して連絡はなかった。

(七)  深瀬係官は、原告の取引先等に対する調査を実施し、同年九月二〇日頃には、原告の取引先等に対して照会文書を送付した。

しかし、原告が、取引先や銀行に対して、被告の調査に応じないようにとの申入れをしていたため、右調査に対して回答のない取引先があった。

(八)  深瀬係官は、回答のなかった取引先の一つである有限会社水沼建設に対して、同年一〇月六日、事前に連絡し協力を要請した上で赴いたところ、同所には、右会社から税務調査があるとの連絡を受けていた千江美及び出野上が来ていた。両名は、深瀬係官に対し、納税者を無視して反面調査をするな等調査を妨害する言動をとった。

(九)  深瀬係官は、同月九日、泉原統括官から、原告の税務調査について、金行税理士が関与することとなった旨の電話内容を聞き、同月一一日、金行税理士泉原統括官らと三人で検討した結果、同月一七日までに原告の帳簿書類等を提出してもらうことにした。

(一〇)  同月一七日、金行税理士から泉原統括官に対して、原告から関与を断られたので、帳簿書類等の提示ができなくなった旨の電話があった。

(一一)  深瀬係官は、同月二一日、調査結果を原告に説明するため、原告の事務所に赴いたところ、原告が不在であったため、連絡して欲しい旨記載した連絡票をおいて帰った。

(一二)  同月二三日、原告から電話があったため、泉原統括官が対応し、原告に対して、本件各係争年分の調査所得金額及び追加で支払わなければならない税額を伝え、修正申告するのであれば、同月二七日の午後二時までに被告方へ来ること及び何ら連絡がなければ更正処分を行うことを伝えた。

(一三)  原告が、同月二七日になっても来署せず、また、修正申告書も提出しなかったので、被告は、本件各係争年分に関する事業所得について更正処分を行った。

以上のとおり認められ、右認定に反する証人出野上賢及び野口千江美の各証言及び原告本人尋問の結果の各部分は採用することができない。

2  右認定事実によれば、原告は、平成元年八月八日の調査の際、被告の担当職員が原告の調査理由の告知要求に応じているにもかかわらず、調査理由の内容が具体的ではない等不合理な言い分を固持し、また、第三者である民商の職員の立会いに固持して、立会いなく帳簿を提示することを拒み、本件調査に協力する態度がまったく見られなかったばかりでなく、その後、反面調査に対して、事前に現場に待機して調査に抗議し、さらに、同年六月一七日には、原告から依頼を受けていた金行税理士を通じて帳簿を出さない旨の原告の意思を明確にしたのであるから、被告が、原告の事業所得金額について、原告に対する質問検査等によってこれを把握することは困難であると判断して、独自の調査を行い、その結果をもとに推計の方法によって右金額を算出したことはやむを得なかったものであると認めることができるから、本件において、推計の必要があったものというべきである。

なお、原告は、平成元年八月八日の調査の際、事前に帳簿書類を準備しており、調査理由を具体的に明らかにし、第三者の立会いを認めていれば、被告の担当職員は、帳簿書類を見ることが可能であったにもかかわらず、調査をしなかったのであり、原告が、帳簿書類の提出を拒んだ訳ではないと主張する

しかし、前記認定事実のとおり、被告の担当職員は、本件調査の理由は原告の所得金額が正しいかどうか確認することである旨繰り返し説明しており、それ以上に詳細な理由の説明を調査前に要求することは、調査の実施自体を不可能にすることになりかねず、また、第三者の立会いについては、被告の担当職員の行う質問調査が、調査の対象者のみならずその取引先である第三者の秘密事項等にも及ぶ可能性があることなどを考慮すれば、これを認めないことも被告担当職員の裁量の範囲内の行為であると認められ、そうであれば、深瀬係官が、原告に対し、出野上等の第三者の立会いのない状態での帳簿の提示を求めた行為は権限内の正当な質問調査権の行使であり、にもかかわらず、原告が第三者の立会いに固執し、立会いのない状態での帳簿書類の提示を拒んだ行為は、帳簿の提示の拒否に他ならないものであるから、原告の主張は採用することができない。

三  推計課税の合理性について

1  収入金額

裁決書謄本(甲第一号証)によれば、原告の本件各係争年分の収入金額は、別表五の1ないし3のとおりであり、その総収入金額は、それぞれ合計欄記載のとおりであることが認められる。

2  推計方法

次に、被告が推計課税において使用した推計方法の合理性について判断する。

(一)  推計課税は、所得を実額で把握することが困難な場合、税負担公平の観点から、実額課税の代替的手段として、合理的な推計の方法で所得を算定することを課税庁に許容した実体法上の制度と解するのが相当であり、実額課税とは別に課税庁に所得の算定を許す行為規範を認めたものであって、真実の所得を事実上の推定によって認定するものではない。したがって、その推計の結果は、真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足り、推計の方法も真実の所得を算定しうる最も合理的なものである必要はなく、実額近似値を求めうる程度の合理性が認められれば足りるというべきである。

(二)  被告が平均所得率を算定した方法について、証人西村章の証言及びそれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証ないし第七号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 被告は、類似同業者の抽出にあたり、前記第二の三2(二)(1)ないし(6)の各要件を満たすものを抽出することとした。

(2) その結果、抽出された事業者それぞれについて、収入金額、経費の額等を把握し、本件係争年ごとの算出所得率を算出した。抽出された類似同業者の数、平均所得率の算定経過及び平均所得率は、別表三の1ないし3記載のとおりである。

(三)  右認定事実によれば、被告のした類似同業者の抽出の基準は、業種の同一性、事業所の近似性及び事業規模の近似性等を十分考慮したものであり、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものと認められる。

また、被告は、前記抽出要件に該当する同業者をすべて機械的に抽出したものであり、その過程に被告の恣意が介在する余地も認められず、さらに、本件の類似同業者は、いずれも帳簿等の書類の裏付けを有する青色申告者であるほか、経営状態が異常な者、更正処分に対して不服申立てをし、あるいは訴訟を提起するなどしている者が除外されていることに照らすと、その資料の正確性も担保されていると認めることができる。

以上によれば、被告がした推計方法には合理性があると認めることができる。

(四)  もっとも、原告は、類似同業者として選定された業者には符号が付けられ、その収入金額、工事原価、経費の合計額しか明らかにされておらず、その業者の具体的実態が不明であり、右業者は、原告よりも事業規模の大きいと思われると主張し、本件の類似同業者の抽出基準には、原告が、本件係争年の間、原告には、受注した工事すべて外注に出していたという事情及び昭和六〇年に開業したばかりで小口の仕事を低い単価で広範囲に受注してスレート工事に関連した種々の工事を行っていたという事情が特殊事情として考慮されていない旨主張する。

しかし、前記のとおり、推計課税の場合は、納税者の所得金額が直接資料によって把握することができない場合に、やむを得ず間接資料によって推計した金額をもって真実の所得金額に近似するものと認定し、課税するものであるところ、原告と類似同業者との類似性を過度に要求するときは、推計の方法による課税自体を不可能にすることになりかねず、所得税法が推計による課税を認めている以上、業種・業態・事業規模などの基本的な要因において類似同業者の抽出が合理的であれば、類似同業者間に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異は、それが推計自体を不合理にならしめる程度に顕著なものでない限り、その平均値(平均所得率)を算出する過程で捨象されるものというべきである。

そして、本件については、前記のとおり、類似同業者の業種・業態につき、その営業規模を特に限定することなく、原告と同一の業種であれば、個人・法人の別なく、類似同業者として抽出することとされ、その結果、別表三の1ないし3のとおり、本件各係争年ごとに五業者が抽出されたのであるから、右抽出基準は、同業者の個別性を平均化するに足りるものであるということができる。

さらに、原告は、前述の特殊事情の主張中で、工事原価率の数字(九七パーセント以上)をあげて、被告の類似同業者の抽出基準の不合理性を指摘しているが、右数字の算出根拠について何ら示しておらず、また、原告の前記特殊事情が、平均所得率の算出に関して、具体的にどのような影響を及ぼすものであるかという点について、何ら明らかにしていない。各事業者の外注の形態は、千差万別であり、類似同業者の抽出に際して、原告と全く同一の業務業態のものを抽出するのは、不可能であることに鑑みても、原告の右主張は、被告のした推計を不合理ならしめるものとはいえない。

3  以上のとおり、被告が本件において採用した推計方法は合理性を有するものであり、原告の本件各係争年分の事業所得は、別表六のとおりである(被告の主張する別表二の推計による総所得金額と同一である。)。

四  原告の実額の主張について

1  立証責任について

推計課税は、税負担公平の見地から、納税者の所得を認識することができる帳簿等の資料がないからといって課税を放棄できないため、推計の必要性の存在を要件として、実額課税に代替する手段として認められたものと解すべきであるから(所得税法一五六条)、現実の所得が明らかになれば、実額課税の原則に戻り、推計による課税処分は、取り消されることになると解すべきである。

したがって、被告の推計課税に対して、原告が実額による課税をすべき旨を主張する場合には、原告に現実の所得金額の立証責任があるというべきであり、具体的には、原告は、その主張する収入金額のすべてであること及びその主張する必要経費がその年に発生確定し、事業との関連性を有することを立証しなければならない。

2  原告は、その主張する収入金額が原告の総収入金額である旨主張し、その証拠として、納品書、請求書、領収書入金伝票等(甲第一八一号証以下)を提出し、右書類は、本件係争年分の所得申告額が問題となる以前から漏れなく集計したものを、取引先に対して確認調査を行い、漏れている点又は計算違いである点を修正した上、本件訴訟において提出している旨供述し、証人野口千江美もそれに沿う証言をしている。

しかしながら、以下に述べるとおり、右書証には種々問題点が認められる。

(一)  右書類全般について

原告が収入金額を立証するためには、商品等の仕入、右仕入の代金の請求及び右代金の受領のそれぞれに応じて作成される納品書、請求書及び領収書が相互に対応していることが必要である。

しかし、原告は、一取引について右書類のいずれかしか提出しておらず、また、提出された書類の種類が、取引時期によって分けられている(たとえば、昭和六二年二月から四月の間の収入に関しては、主に納品書のうちの一方(納品書の左下に「コクヨ ウ-一三三」と記載のあるもの)のみが提出され、同年五月から七月までの間の収入の関しては、請求書のみが提出されている。)ことからすれば、提出済みの書類は、原告の総収入額を立証しうるものではなく、そのうちの一部の書類にすぎないと認められる。

(二)  納品書について

納品書は、通常、その取引の都度作成され、その結果、その順序は、取引年月日順になっているはずである。

ところが、(1) 納品書は、二種類の様式のもの(納品書の左下に「コクヨウ-二一」と記載のあるもの及び同位置に「ウ-一三三」と記載のあるもの)が使用されていること、(2) 前者については、昭和六一年一二月二〇日付納品書(甲第一八六号証の八)より以前にも取引があったにもかかわらず、これに関する納品書が提出されていないこと(このことは、甲第一八六号証の八の写しの中に、前頁の一部が写っているが、本件訴訟において提出された書証の中にこれと対応するものがないことから窺われる。)、(3) 後者については、昭和六二年四月三〇日付で布野鉄工株式会社に対して発行された(甲第二〇九号証の四)後、同年八月二〇日付けで新興建設株式会社に対して発行される(甲第二一三号証の六)までの間の取引に関する部分が提出されていないことが認められ、右認定事実によれば、本件訴訟において提出された納品書は、原告主張の収入金額を立証しうるすべての納品書であるとみることはできない。

さらに、原告は、納品書は工事台帳に基づいて作成した旨供述するが、右工事台帳は提出されておらず、その存在自体も不明であることからすれば、提出済みの納品書の内容は何ら裏付けのないものというほかはなく、とうてい信用できないものである(取引先に対して確認調査をしているが、それが正確であることを立証するに足りる証拠はない。)。

(三)  領収書について

領収書についても、納品書と同様、取引年月日順になっているはずであるが、本件においては、(1) 二種類の様式のもの(領収書の左下に「コクヨ ウケ-六五」と記載のあるもの及び同位置に「ウケ-七八」と記載のあるもの)が使用されたこと、(2) 前者については、昭和六一年七月二二日付で太田建設設計に対して発行された(甲第一八四号証の三)後、同年一〇月13日付で中央畜研株式会社に対して発行される(甲第一八七号証の六)までの間の取引に関する部分が提出されていないこと、(3) 後者については、昭和六一年九月一一日付で株式会社坂木商会に対して発行された一枚しか提出されていない(甲第一九九号証の一)ことが認められ、右認定事実によれば、領収書についても、本件訴訟において提出された領収書が、原告主張の収入金額を立証しうるすべての領収書とみることはできない。

(四)  請求書について

原告提出の請求書には、いずれも請求書の枚数を記載する欄に枚数を示す数字が記入されていることからすれば、原告提出の請求書ももとになった請求書が存在することが窺えるところ、もとになった請求書が提出されていない以上、提出された請求書に記載された金額の正確性を裏付けることはできないし、取引先に対して確認調査をしているが、それが正確であること立証するに足りる証拠もない。

(五)  入金伝票について

原告は、現金受領の際、入金伝票により記録したものについては、後日領収書を作成して、相手方に渡している旨供述しているが、入金伝票に対応する領収書は提出されていない。

3  さらに、原告は、大東建託から受註した工事に係る本件各係争年分の収入金について、昭和六一年分については五五一〇万七三三二円、昭和六二年分については二三〇一万〇五〇〇円、昭和六三年分については二一五万三九〇〇円であり、その証拠として、大東建託の発行する業務支払明細書(甲第一九三号証の一ないし二五、同第二三〇号証の一ないし一四及び同第二五五号証の一、二)を提出している。さらに、この収入金は、大東協力会等の会費を差し引いた残額を原告使用の二口座(いずれも広島信用金庫海田支店に開かれた預金口座であり、名義が「野口組」ものもと「野口石綿工業」のものがある。)に分けて振込まれていたと主張している。

しかし、弁論の全趣旨によりその成立の認められた乙第一〇号証ないし第一三号証及び甲第一五九号証の三、一二及び一六によれば、(一) 大東建託からの収入金について、昭和六一年分については三六万二七六八円、昭和六二年分については二二九万六四〇〇円の計上漏れがあること、(二) 前項の計上漏れは、計九回(九か月分)にわたっていること、(三) 右の計上漏れ分の収入金から差し引かれた前記会費については、必要経費(雑費)として処理されていることが認められ、右認定事実によれば、前記会費のみ必要経費として処理されているのに、同じ機会に処理されたはずの収入金のみ計上されておらず、かつ、それが九回にもわたっていることから、単なるミスであるとは認め難く、原告主張の大東建託からの収入金額は、捕捉漏れのない金額であるとみることはできない。

4  以上のとおり、本件の納品書、領収書、請求書等にはそれぞれ種々の問題があり、また、取引先からの収入金に計上漏れがある他、原告提出の書証によって、原告の総収入金額の立証がなされたと認めることはできず、その他、原告の総収入金額を具体的に立証するに足りる証拠はない。

5  そうすると、原告の総収入金額を実額で認定することができない以上、必要経費について原告主張の実額を認定できるか否かの判断をするまでもなく、原告の実額主張は失当というべきである。

五  結論

以上のとおり、本件推計課税においては、推計の必要性及び合理性が認められ、本件各更正処分に係る総所得金額は、右推計により算出した本件各係争年分の総所得金額(別表六記載のとおり)の範囲内である。したがって、本件各更正処分に何ら違法がないから、原告の請求はいずれも理由がない。

よって、原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判断する。

(裁判長裁判官 松村雅司 裁判官 金村敏彦 裁判官 高橋綾子)

別表一の1

課税処分経過表(昭和六一年分)

<省略>

別表一の2

課税処分経過表(昭和六二年分)

<省略>

別表一の3

課税処分経過表(昭和六三年分)

<省略>

別表二

原告の事業所得の金額の算出経過表

<省略>

別表三の1

類似同業者の売上原価率及び算出所得率表(昭和六一年分)

<省略>

別表三の2

類似同業者の売上原価率及び算出所得率表(昭和六二年分)

<省略>

別表三の三

類似同業者の売上原価率及び算出所得率表(昭和六三年分)

<省略>

別表四

原告の本件各係争年分の損益計算書

<省略>

別表五の1

収入金額明細表(昭和61年分)

<省略>

別表五の2

収入金額明細表(昭和62年分)

<省略>

別表五の3

収入金額明細表(昭和63年分)

<省略>

別表六

原告の所得金額

<省略>

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